AI開発用の高性能なGPU(本来は画像処理用のプロセッサ)を製造する代表的な米企業がNvidia(エヌヴィディア)です。当方などは同社名は辛うじてパソコン基板のサードパーティ企業くらいに知っていたのですが,昨年すさまじい株価上昇を見せ,一時AppleやMicrosoftの時価総額を抜き,世界一の時価総額企業となりました。
今月27日(日本時間では28日にかけて)その株価が急落したのです。前日の終値142.62ドルから当日終値が118.575ドル。下落幅は24.045ドル。同社の発行株式数は244.9億株ですから,同時刻の為替レート1ドル154.608円で算出すると,その下落額は約91兆円になります。1日の下落額として過去最高額だそうです。何とその額は日本の一般会計予算の115兆円に迫ります。下落額のみでそうなのですから,下がっても同社の時価総額そのものは日本の国家予算の数倍あります。
下落の理由は中国企業DeepSeek社が発表した無料のAIアプリDeepSeek-V3だそうです。
同社は中国向けの性能を落としたGPU(現在はそれも中国には輸出禁止)を使って,米国製の1/100の開発コストで同等性能を叩き出したと。この生成AIアプリはAppShopで無料で入手することができ,すでに同ショップ内でダウンロード数トップだそうです。
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冒頭のスプートニク・ショックとは,1957年に旧ソ連が人工衛星スプートニクを世界に先駆けて飛ばしたことで,アメリカなどに走った衝撃でした。先を越されたアメリカはむしろこれを奇貨として,それまでの科学技術政策を転換して科学教育などにも力を入れます。ファインマンなどのノーベル賞学者が教科書を書きました(理系の方なら「ファインマン物理学」はおなじみでしょう)。その後のソ連とアメリカの宇宙開発競争はすさまじく,61年大統領についたジョン・F・ケネディは60年代に人間を月に送り込むと宣言します。実際1969年7月に達成したのは承知の通りです(63年人工衛星を使った世界初の「宇宙中継」の放送内容がケネディの暗殺事件になってしまったのは歴史の皮肉でした)。
1957年当時の相手はソ連でしたが,今回は中国というわけです。またその事業対象も国家事業というよりは民間会社のやることです。
以下当方の個人的見解ですが,かなりバブルな業界だと思います。おそらく「それいけドンドン」で同社も関係他社もAIと言えばお金使い放題だったのではないでしょうか。中国企業はそこを突いた。安く上げるのは中国企業はお手のもののはずです。むろん同国の一流の頭脳が携わっていることは想像に難くありません。AIではありませんが,今更挙げるまでもありませんが当方も安い中国製機器は色々使わせてもらっています。玉石混交怪しげなものも少なくないですが,例えばドローンのDJIの様に世界的超一流メーカーになっているものもあります。
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当方AIに関しては全くの専門外で不案内ですが,この話を聞いて一昨年久々に参加した日本の電気系の学会での中国人留学生の発表を思い出しました。インバータの設計に関する講演で,小型・低価格化を達成するために,モータの巻線をインバータのインダクタに兼用するという大胆なアイデアが出されていて驚きました。むろん学術的な価値は余りありませんが,そこで感じるのは彼らの貪欲なハングリー精神です。先進国の贅沢な生活に慣れていたのでは絶対に出てこない様な発想です。
中国の多い人口の中には優秀な人材も少なくないでしょうし,先進国の人間が既に失ってしまったハングリー精神を持ち合わせているところが強みでしょう。DeepSeek社の今回の開発は,(バカみたいに金を掛けるという)AIブームのやや浮かれ風潮に冷水を浴びせたとも言えるでしょう。これがスプートニク・ショックに匹敵するかどうかは分かりませんが,AIなるもの一時期のバブルでは無く今後健全進化するための試金石とも言えるのではないでしょうか。むしろ低性能のGPUを使ってもなし得た彼らが用いたとされるムダを省いた開発手法を高性能なGPUで用いれば画期的高性能なものになるはずでしょう。
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ウサギとカメの逸話ではないですが,人間慢心するとヤラレます。
AIの利用に関する悪影響を懸念する声も当然ありますし,当方が懸念するのは,AI開発・活用における膨大な演算量が大量の電力を食うことです。IT・AI関係企業は電力事業に進出しているのだそうで,せっかく省エネの機運がある?のに新たなエネルギー大量消費のネタが出て来てしまったことは人類にとって果たして良いことなのか?と思ってしまいます。その意味でも,今回話題の超ローコストAIがムダな電力を食わないという事でも優れているのでは?と考えます。
今回のショックによって昨今の生成AIなるものの開発も,エネルギーを無駄遣いしない様な正常進化を望むのみです。
この記事へのコメント
よしあきギャラリー
我が日本のバブル崩壊後の惨状は2~3周回遅れなように思われてなりません。
発展途上国ならば、まだよいのですが、、、、
Enrique
そうですね,残念ながらこの分野で日本は全く埒外ですね。
AIに限らず,ノーベル賞学者などが研究現場の惨状を訴えても政治も一般国民も全く聞く耳を持ちません。日本は,超先進国≒途上国かもしれません。
アヨアン・イゴカー
同感です。
ビジネスあるいは人間の欲望達成と言う観点からは、新製品、開発、進歩等々は必要なのでしょうが、科学や技術の進歩速度と人類のもつ適応能力とが一致しなくなっているかもしれないと危惧しています。
てんてん
Enrique
公益や環境に悪いビジネスには金を出さないのが良いと思いますが,経済原則のみからはそうも言ってられないのでしょう。
現在でも既にあるフェイク情報や誹謗中傷などは悪い側面でしょう。規制するというと,無邪気な反対論が出ます。人々が賢くなるしか方法がないのですが,どうも技術の進歩とは逆のような気がします。
Enrique
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