ピッチ変動実演

ピッチ変動は,自然の純正律を用いていると特定のコード(和声)進行では避けられない現象です。この発生メカニズムについては,オイラー格子上ではっきりと追える事もあり,私としては試す必要も無いと思っていました。しかし,その理解が必ずしも浸透しているわけでもない(むしろ殆どなされていない?!)ようですので,実演してみるのも意味ある事かと思います。

ピッチ変動を実演している例はあまり無いのではないでしょうか。むしろ厄介者ですから,知らない方が幸せなのかも知れません。実際に純正律を用いて演奏しているもので最初と終りでピッチが変動している演奏は実際にあるようです。しかし,多くの場合,「ピッチ変動」というのは沢山の楽器を擁するオケなどにおいて,温度変化などによる楽器の音程ずれとごっちゃにされている感があります。昔の録音ならアナログ録音の回転ムラのせいにもされかねません。

ここで取り上げているのは,自然の純正律を用いて必然的に起こるピッチ変動(pitch-drift)のことです。REIKOさんのコメントによれば「コンマ移高」とも言われているそうですが,高くなるだけの現象ではなくて,コード進行状況に応じて高くも低くも成り得る現象ですので,どうも用語自体も混乱しているようです。

いま一度,このことを復習しておきます。
和声進行時に保留音は勝手に上げ下げすることは出来ませんので,保留音をつなぎながら,和音構成音の音程を純正に保って行ったら,必然的に起こる現象でした。純粋にハモらせながら特定の和声進行を行うと,必然的にそうなってしまうということでした。上がるケースもある訳ですが,今回は以前の記事ではコード進行のみ示した以下の譜例(下がるケース)に絞って,もう少し詳しく見てみます。
カデンツ1.PNG

この譜例をいくらナガメテも,ピッチ変動などありえません。通常の五線譜では実音とオタマジャクシが示す音高は一対一に対応しているものだからです。しかし,先日のオイラー格子上で示した通り,始めのドミソと終りのドミソでは位置が変わってしまい,この進行の場合はピッチが下がらざるを得ないのでした。

図式的に表しますと,以下の様になります。
pitch_drift.png

正確を期すべく図中に色々書きこんだら,なにやらムズカシゲな図になってしまいましたが,上の譜例で示した四声体の音の高さ(音程関係)の動きを図式的に表わしたものです。

最初ドミソドでスタートします。各音の音程はバスを1とすれば,テナーが5/4,アルト3/2,ソプラノ2ですね。オレンジの長円で囲みました。

次の和音ではソプラノとテナーが保留音になっていてそのままです。アルトとバスはラに移行しますが,アルトはソプラノの短三度下,バスはテナーの完全五度下を歌うのでしょうか。次はアルトがそのラを保留して,他の三人がそれに合わせて動くはずです。すなわち,ソプラノはアルトの四度上,テナーはアルトの完全五度下,バスはテナーの六度下です。

次はテナーのレが保留されて,他の三人がそれに合わせます。すなわちアルトとバスは保留しているテナーのレからソを取り,ソプラノはテナーの六度上もしくはアルトの長三度上でシを取るはずです。

最後は主和音に戻りますが,アルトのソが保留されて,それに合わせて他の三人はドミソの和音を作ります。

どうでしょうか。最初1 : 5/4 : 3/2 : 2,整数比で言えば,4:5:6:8の音程でスタートした音程比率は厳然と変わらないですが,全体の高さ(すなわちピッチ)が,80/81倍(約-22セント)に低下してしまいました。(水色の破線の長円で囲みました。)

生楽器でこれを試すには,上手な合唱隊か弦楽アンサンブルが要ります。しかし,便利な時代になったもので,フリーソフトAudacityに0.001Hzくらいの精度でトーン信号を発生する機能がある事に気づきました。通常はいちいち音を周波数で打ち込んでいたらかないませんが,このような全体のピッチが変動して行くような場合には却って便利かも知れません。

私はmidi装置は使ったことが無いので,そちらではどうやるのか分りませんが,シントニックコンマ分異なる音高の音階のセットを複数用意しておいて,和声進行などに応じ,純正を保ちながら,音階のセットを使い別けて行くことになるのでしょう。その際オイラー格子でチェックして行けば間違いは起こりにくいと思います。

ではやって見ます。まず,自然の純正律による純正音程で行きます。自然のハモリ現象は利用できませんので,周波数値をなるべく正確に入れるのみです。Audacityのトーン機能に入力された周波数値は小数点第4ケタで四捨五入されて,第3ケタまでが採用されます。内部の処理もこの精度だとして,ここで使っている数百Hzの周波数ですと,±0.002セントほどの音程精度になります。波形は正弦波です。


どうでしょうか?人により感じ方それぞれだと思いますが,純正を保つとこうするしかないはずです。一回くらいならばそれほどはひどくなくて,別の進行で1コンマ上昇できれば元に戻ります。

しかし,これを執拗に繰り返せば,あからさまになります。


これは同じ進行を四回繰り返したもので,「もう止めて!」とならないでしょうか?

音程が自由にとれる自然の純正律ではなくて,鍵盤の様に一定音程の音階を切り取った音階ではピッチ変動は起こりません。一応やってみます。

音程をその都度純正に保つのではなくて,あらかじめ決められた音階ですからピッチ変化のしようがありません。その結果ヘンな和音の響きが出ます。純正よりも短い五度を鳴らしたのですね。

ついでに,比較のため平均律による進行も上げておきます。盛大にうなっています。


さて,先日オイラー格子を紹介した際,ミタチさんからコメントいただいていましたが,和声進行の禁則なるものにも,純正律の使用を前提に決められたものがいくつかあるようです。禁則の解釈については皆さん色々おっしゃいますが,本当に納得できる理由を聞いた事がありません。これについては記事を改めることにします。

音律は本質的にアチラを立てればこちらが立たないと言う関係になっていて,これが絶対なんていう音律は無いのですね。
この事はすべての音律について言えることですが,ここでは純正律として自然の音程が自由にとれるものと,鍵盤などに使用される音程が固定されたものとを比較すると,以下の事が言えるはずです。

すべての音程間の5度(4度)3度(6度)を純正を保つ → ある種の和声進行によりピッチ変動を生ずる
純正音程をいくつかあきらめて固定音程とする → ピッチ変動が生じない代わりに特定の和音が音痴になる。

オイラー格子でみる純正律〜クラリネットの謎?〜

一連の記事の補遺です。今回はオイラー格子は直接使わなくてもよい話です。

純正律が用いられて来た背景には声楽や弦楽器,管楽器などの音程が自由になる楽器をハモらせる,それが大変美しい上に,むしろその方が楽に演奏出来るという背景があると思います。

やはり人の声が一番なのだと思います。これに関してはかなり研究は進んで来ている様ですが,ナカナカ簡単に説明出来る話ではありません。何か良い実例はないかと探していましたら,クラリネットの話がありました。単純に片閉じ管で割と音質もイメージしやすいので。

何でもクラリネットは大変ハモリやすい楽器とのことです。故玉木宏樹氏のページに書かれていました。

なるほどなぁ。と思いました。

まず,ハモるというのはどういう現象なのでしょうか?
ユニゾンをぴったり合わせるのももちろんハモリでしょうが,和声的なハモリは5度や3度でしょうか。

ハモるというのはハマるのに近い現象です。以前の記事にも書きましたが,いったんハマるとはずす方が難しいのです。

自然現象としては同一周波数,すなわちユニゾンがぴったり合うことですが,なぜ5度や3度がハモるのでしょうか。

クラリネットは管の一端が吹き口になって閉じていますので,気中共鳴でいう片側閉管です。片側閉管では奇数次高調波(倍音)が出ます。よく高校の物理の実験などでやりますが,以下の様な図で表わされます。
気柱振動クラリネット.png

メスシリンダーのような図ですが,片閉じ管の原理図で,クラリットのモデルだと思って下さい。左側の吹き口側は閉じていますから気柱振動の節にならざるを得ませんし,開口の右側は腹にならざるを得ません。これらは固定境界とか自由境界というのですが,弦の場合は両端固定なのは目に見えていますから分りやすいのですが,管の空気の振動は目に見えませんので,発泡スチロールの小さな球を入れたりして,人間目で見ないとナカナカ信用しませんから,ああいう可視化のデモ実験をやるわけです。

ともあれ,基音は1/4波長にならざるを得ません。次の倍音(高調波)も開管側が腹になりますから,3/4波長,以下同様に,5/4,7/4,...などとなっていきます。これらが,基本(1次)波,3次倍音,5次,7次,...などとなって行きます。この様な片側閉管では,奇数次倍音が出ます。これがクラリネットの単純モデルです。端部補正とか細かい話は(インハーモニシティはここにも)あるのですが,大枠の話です。

ですから,クラリネットで発音された音符の音(基音)の次は第3次倍音,これは純正5度ですし,次の5次倍音は純正長3度です。これらの純正音程関係を持った倍音が,基音にミックスして出ます。そしてそのスペクトル特性がクラのあの独特な音質そのものを表すことになるわけです。

あっれー,ドの単音出しただけで,純正のソとミをその中に含んでいる事になります!(実際の楽器は基音がB♭だったり,Fだったりしますが)2倍音がなく3倍音からですので,最初のハーモニクスは5度上(12度!)になるのですね。

アンサンブルするにしても,純正律音階と同じ理屈でぴったり合わせる事ができることになります。努力なしで。
すなわち,ドを吹いた人の音に含まれる3次高調波はソですから,他の人はそれに自分の基音と合わせれば純正五度がぴったり来ます。次の5次高調波はミですから,純正長三度がぴったり来ます。

言わばハモリの基準を気柱共鳴(管と空気で作られる固有振動)で出していることになります。


音源間の共鳴は,ぴったり合わないとダメで,直ぐにずれます。共鳴を持続するには努力を続けないといけません。純正律に関する誤解の一つでもあります。人間の所作で共振を持続させるような精密な音程調整が出来るわけがない!と。

しかし,共鳴(共振)ではなくて,同期現象というのは,条件がそろえば,引き込み(pull-in)現象により多少の誤差を吸収してハマり,むしろ外すのに苦労するのです。これは非常に不思議な現象なのですが,発音機構や伝達機構に非線形性,フィードバック要因・調節機構があると発生します。

これは送電線網に連系する発電機がぴったりと揃って回っていることや,壁に掛けたわずかにくるった2つの柱時計が合ってくる現象などにみられるように,自然の同期現象です。良く誤解があるのですが,これは共鳴現象とは実は似て非なるものなのです。

音楽におけるハモリ現象は,この同期現象と「類似」の現象と以前書きましたが,これは全く「同様」の現象と言わないといけなかった事になります。あくまでも同期現象は同じ周波数で起こるわけですが,音楽的なハモリ現象では基音と倍音とか,倍音同士とかの同期現象だと言う事ですね。

逆に,同期現象を理解され,それを踏まえて,平均律でも発音機構の非線形性などにより音程調整が働いて響くという意見もあります。これは程度問題だと思いますが,三度はどう頑張っても無理だと思います。様々な楽器や,楽器間のハモリは,どの程度の誤差を吸収してくれるのかは今後の研究課題だと思います。


さて,一方の代表的な木管楽器であるフルートは開管楽器です。両側が開管なので,気柱の振動は下図に示す様に両側が自由端にならざるをえないので,基本波は1/2波長の定在波でつくられます。
気柱振動フルート.png

基本波の次に出るのは第2次高調波。これはオクターブです。次が第3次高調波と,基音を作る1/2波長が,1,2,3,4と入っていきますので,倍音の出方の基本は弦と同じです。

先日の記事で聞いてもらったように,奇数次高調波の音(方形波)は性質的にはクラリネット音に近いといえます。これは単独の音質として聞いた場合,一種独特な音で,単独の音質としては,偶数次の音の方が音楽的に聞こえる訳ですが,奇数次高調波を含む音色はその音の中にいわばハモリの基準音を出してくれているわけですから,オケなどのアンサンブルには無くてはならない楽器なわけですね。

逆に言えば,クラリネット的な純正音的?音質は,ウェルテンペラメントや平均律楽器との相性は良くないわけで,フルートのほうがピアノやギターとも合い,外交的な楽器であるのも合点が行きます。

それから,なんぼハモリの基準になる高調波を含んでいても,基音の絶対値が高ければ,倍音は超高音に行ってしまい,余りアンサンブルの基準になりえません。クラリネットの音の基音が低いこともメリットなのではないでしょうか?

以上述べてきたことは私含め,鍵盤やフレット楽器といういわば固定音程楽器の人間には,なかなか感覚としては分かりにくい事ですが,これだけ理屈がはっきりしていれば,「謎」どころか,クラリネット周辺の方々にしたら今度はあたり前すぎてあまり疑問にもならないのではないでしょうか?

クラリネットなどの片側閉管楽器は奇数次倍音,フルートなどの開管楽器は整数次倍音すべてを含む事が分かりました。だから,一言に管楽器と言っても少なくともこの2タイプあることになります。これ以上突っ込むと「楽器の物理学」分野になりますので,この辺で止めます。


これらの,音に含まれる倍音構造を譜面で書くと以下の様になります。第一小節目が,クラリネットなど片閉じ管で出る奇数次の倍音構造に相当するもので,第二小節目がフルートや弦の整数次倍音構造に相当するものです。

HarmonicsInstruments.PNG

人の声はじめ管楽器,弦楽器は自然発生的な純正律音階を奏でていたはずです。それに対し,鍵盤楽器やフレット楽器はそれをモデルに人工的に音律を作らなくてはなりませんでした。もちろん楽器の音律が決まれば,人間の音感覚も影響を受けることは想像に難くありません。しかし音の協和関係は自然法則ですからそれを捻じ曲げることはできません。(おわり)

注:旧記事に,フルートやリコーダーに3次倍音が無いかのような表現があり,これは訂正しました。弦と同じように,整数次をすべて持ちます。本記事の主題であるクラリネットの奇数次倍音に関しては訂正ありません。

オイラー格子でみる純正律〜鍵盤楽器ではどうか その2〜

オイラー格子がらみの一連の記事も大詰めに近づいて来ました。

前回の記事で,純正律の広い音の地平からオクターブ12音を取り出すやり方と5度圏との関係について述べました。
あそこでとりあげたのは,非対称型音階と言われる一例でしたが,ここでは更に他の音階実現例も示します。2,3例示せば,その他いろいろは試せると思います。

英語版Wikiなどには,5リミット純正律音階のパターンとして前回挙げた「非対称型」の他に,「対称型」というのが書いてあります。Wikiですから正確な保証も無い訳ですが,既にオイラー格子上で色々見て来ましたから,「そう言う取り方もある」程度の事です。

以下のものは,対称型音階1と書かれているものです。





















































純正12音音階の実現例(対称型音階1)
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D

これを五度圏で表わすと,以下の様になりますね。
Colored五度圏Sym1.png

次のものは,対称型音階2と書かれているものです。





















































純正12音音階の実現例(対称型音階2)
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D


これの対応する五度圏は以下のものです。
Colored五度圏Sym2.png

ちなみに,オイラー律というのは,ものの本には以下の様になっているようです。ホ長調基準の非対称型音階ということになります。オイラーの考え方の一実現例であることは確かですが。





















































純正12音音階の実現例(オイラー律?)
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D

対応する五度圏はこうですね。
Colored五度圏Euler.png

非対称型や対称型,もしくはオイラー型と言われるものが,オイラー格子上で3段,五度圏上ではシントニックコンマ2つのタイプでしたが,歴史的に現れた純正律ではシントニックコンマを3つ入れるものがあるそうです。こちらは純正律というよりも,ミーントーンに近いもの(五度圏内でのコンマの「取り合い」は同じ)ですが,オイラー格子にハマる限り純正律音階といえるものでしょう。なお,ミーントーンは純正長3度純正にする為に4個分の5度を平均的に(4乗根で)縮めますから,その数学的扱いにおいては平均律と言えるものです(12平均律はオクターブを合わせるために12個分の5度を平均的に(12乗根で)縮めています)。
シントニックコンマ3つというのはオイラー格子上では上下4段にわたるということです。

以下のものは,歴史的には「マッテソン」音階というのだそうです。





















































純正12音音階の実現例(マッテソン)
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D

同5度圏は以下のものです。
Colored五度圏Mattheson.png


以下のものは,「マールプルク」音階というのだそうです。





















































純正12音音階の実現例(マールプルク)
B
F#
C#
G#
D#
A#
E#
G
D
A
E
B
F#
C#
E
B
F
C
G
D
A
C
G
D
A
E
B
F
A♭♭
E♭♭
B♭♭
F
C
G
D

対応する5度圏は以下のものです。
Colored五度圏Marpurg.png

現在の私たちはオイラー格子を知っていれば,歴史的に現れた音律家たちの純正系音律を簡単に眺めて,その利用範囲を一目で眺める事が出来ます。もちろん,他にもいろいろ作れそうですが,純正音階は純正音から取り出してこないといけませんので,ウェルテンペラメント程にはその種類は多くなりようがありません。オイラー格子上で12音の取り出し方によって,それぞれ調べれば歴史的な人たちの名前がきっと付いていることでしょうが,オイラー格子で眺めることが出来る現在の私たちには別にその名前はあまり重要なことでありませんね。

オイラーは18世紀の人ですが,この考え方を発表したのは,1739年のTentamen novae theoriae musicae(たぶん「新音楽理論の試み」)だそうです。現在googleのeBookでも読めます。ラテン語で書かれているので,解説されたもの(たとえばこれ)しか読めませんが,7倍音に関しても考察しているようです。7倍音以上に拡張したのは20世紀のA.フォッカーですから,彼の先見性が分かります。彼の研究は包括的な理論ですから,何も3段の12純正音階に限ったものではないですが,他の音楽家発表の12音純正音階と合わせるために,こうされてしまったのではないか?とも想像されます。ほぼ同時期の純正音階と近いものがありますから。

他にもいろいろ考えられるでしょうが,前回から見て来たオイラー格子上での各種12音純正音階をまとめますと,オイラー格子上では,ピタゴラスが1段,キルンベルガーIが2段,対称・非対称型(あるいはオイラー型)などが3段,最後にあげたマッテソンやマールプルクのタイプが4段になっています。このように,オイラー格子上で見れば,各種12音純正音階の音の選ばれ方が分かります。

広い純正律の地平からどう12音を選択して来るかという問題に過ぎませんが,大ざっぱに言えば,五度重視音階はピタゴラスに対応する横長から三度重視音階に従って縦に重なっていくという事になります。

では5段,6段もあるのかという事になりますが,理屈上はあり得ますが,それを純正音階のままでやるのはムリでしょうね。五度圏上でシントニックコンマを4つ以上入れるなんて狂気の沙汰。3つでもあやしいですが,これに関してはミーントーン化で,解決しているわけですね。前にも書きましたが,平均的に圧縮して上下12段にしたのがミーントーンですね。

12音の純正律音階で足りない音が出てくると,いわば,純正音階の調律替えが必要になってきます。鍵盤では曲の途中で調弦を変える訳に行かないですから,ソナタ形式の様な長い変化に富んだ楽式(単一楽章内でも楽章間も)は12音純正律音階使用ではあり得なかったはずですね。

12音に切り出した純正律音階は,五度圏でも表記可能なわけですが,使用可能音や和音,その動きなどを一目で確認できるのがオイラー格子上で見る強みです。(つづく)